正解が見えない時代に、問いを立て、手持ちから動く
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先が読めないとき、私たちはつい、もっと情報を集め、もっと精密な計画を立てようとします。もちろん、それが必要な場面もあります。ただ、新しい事業や価値を考えるときには、調べてもまだ答えがないことがあります。
アート思考とエフェクチュエーションを学んできて、私はこの二つが、そんな時代を進むための手がかりになると感じています。共通するのは、未来を言い当てることより、自分で問いを持ち、動きながら未来に働きかけることです。
図は、二つの思考法を学んだ私なりの整理です。拡大して見る。
アート思考は「私は何を問いたいか」から始まる
私が学び、勉強会でも紹介してきたアート思考は、自分の関心や違和感を起点に、当たり前だと思われていることを問い直す方法です。目の前にある課題を速く解く前に、そもそも何を課題として見るのかを考えます。アート思考に一つの統一された定義があるわけではありませんが、アーティストの創作過程を仕事や生活に生かすという捉え方は、その入口になります。参考:アート思考研究会「アート思考の定義と歴史」
たとえば新しい商品を考えるとき、「市場で売れそうなものは何か」から始めるだけでなく、「自分はどんな違和感を見過ごせないのか」と問い直してみる。すぐに売上の予測ができなくても、その問いが、これまでになかった価値の入口になるかもしれません。
エフェクチュエーションは「今、何ができるか」から始まる
一方、エフェクチュエーションは、起業家の意思決定を研究したサラス・サラスバシー氏が提唱した考え方です。まず確定した目標から必要な資源を逆算するのではなく、自分は何者で、何を知り、誰を知っているかという手持ちの手段から、実行できることを考えます。失っても引き受けられる範囲を決め、協力する人を増やし、予想外の出来事も次の選択に生かしていきます。参考:Effectuation.org「Effectuation 101」
これは「計画を立てない」という教えではないと受け止めています。未知の部分が大きいときに、予測だけに頼らず、自分たちで動かせる部分を増やす考え方です。特に小さな会社なら、時間も資金も限られます。最初に大きく賭けるより、試せる範囲を決めて人に見せ、返ってきた反応から次の一歩を考えるほうが、現実に合う場面があります。
二つは、出発点が違うからこそつながる
アート思考は、私の内側にある「こうしたい」「これはおかしい」という問いを掘り起こします。エフェクチュエーションは、その問いを抱えたまま、今ある手段と他者との関わりから行動を始める助けになります。問いが向かう先を示し、行動が問いを鍛える。 私には、そういう関係に見えます。
たとえば、会社で新しい取り組みを提案して「今は難しい」と言われたとします。そこで構想を捨てるか、当初の計画を押し通すかの二択にする必要はありません。何が難しいのかを聞き、一部だけ試せる形を探すこともできます。自分の問いを保ちながら、相手の事情によって進め方を変える。その往復を大切にしたいと思います。
0か100かの間に、何があるだろう
最近、「私たちは0か100か、YESかNOかという答えを急ぎすぎていないか」と意見を交わしました。経営には結論が必要です。決める責任を避けたいわけではありません。ただ、結論を急ぐあまり、50の案や、そもそも二択に収まらない案を見落としていないでしょうか。
「全面的に始めるか、やめるか」と問われたら、アート思考は「何を実現したいから始めるのか」と問いを置き直せます。エフェクチュエーションは、手元の資源と引き受けられる損失の範囲で「まず誰と何を試せるか」を考える助けになります。50は単なる妥協ではなく、試して学ぶための一歩かもしれません。人と話すことで、30や70、あるいは別の道が見えてくることもあります。
予測できない未来に、どう参加するか
変化が激しく、先行きの見えにくい「VUCAの時代」と言われます。二つの思考法を学んだからといって、不確実さが消えるわけではありません。ただ、正解が見つかるまで待つ以外の選択肢を持てます。
いま自分が違和感を覚えていることは何か。手元にある経験やつながりで、どこまでなら試せるか。一緒に考え、動いてくれるのは誰か。経営者としても支援者としても、答えを出す前に選択肢を広げる問いを持ちたいと思います。
未来を当てることより、まだない未来を、誰かと少しずつつくっていけないだろうか。